東方紅月歌
 -The Fragments of Sealed Memory- 


第六章 紅い姉妹 

 一年近く続いていた日記は、何の前触れもなく、突如として終わっていた。終わる前日に、紅魔館に一大事があったわけでもなく、幻想郷に危機が訪れた様子もない。ただ、唐突にそれは終わっていたのだ。
「……これで、おしまい、ですか?」
 日記を読み終えた咲夜は、どうにも納得がいかなかった。この日記を読む前にパチュリーから聞いた話が全く出てこなかったのである。
「それ以上書かれていないのだから、終わりでしょ?」
 パチュリーは分厚い本からひょっこりと顔を出して咲夜に言った。そして再び本に顔を埋める。
「それはそうなのですが、パチュリー様から聞いた、お嬢様と先代による誰かとの戦いの場面が一切出てこなかったではありませんか。これは絶対に、この先で先代が日記を続けられなくなった何かが起こったとしか考えられませんよ」
 パチュリーは少し驚いた表情で顔を上げた。
「咲夜、成長したわね。これだけの情報から的確な結末への道を見つけたのだから」
「お褒めに預かり、光栄ですわ」
「ま、初歩的なレベルだから、見栄を張れるほどじゃないけどね」
 パチュリーは釘を刺しておくことを忘れず、咲夜が見つけた一つの結末への道を示すために手に持つ本をテーブルに置いた。
「さて、知りたい? それとも、知りたくない?」
 パチュリーの質問に、咲夜は真っ直ぐパチュリーを見て言った。
「ここまで来て、『知りたくない』という選択肢はわたしの中には存在しませんわ」
 パチュリーは、はぁ、と一息ついて立ち上がると、帽子につけた二本の魔力増幅リボンを外して両手首にくくりつけた。
「いいこと? 咲夜。これから見る光景は全て紛れも無い過去の事実。この紅魔館で起こった真実よ。そして、あなたはそれらから目をそむけることは出来ない。例えそれがどんな惨状であろうとも、ね」
 咲夜はコクリと大きく頷くと、
「覚悟は……できているつもりです」
 椅子に座り、そっと目を閉じた。
「さてと……始めるわ」
 パチュリーは両手に一枚ずつカードを持ち、魔力を注ぎ込んだ。手首に巻かれたリボンによって増幅された魔力はカードから飛び出し、やがて白銀に輝く砂粒となった。キラキラと輝く砂粒を身に纏いながら、パチュリーは呪文を唱え始めた。
「我は月を東へ導けば、
 汝は太陽と共に東へと進まん。
 我、汝を導かん。
 古に紡がれし記憶の湖へ!」
 まばゆい銀色の光が図書館全体を包み込む。パチュリーの魔法が発動すると同時に、咲夜は全身から一気に力が抜けたようにぐったりと椅子にもたれかかった。
「いってらっしゃい、咲夜。再び目覚めたとき、全てを知ったとき、もう一度会いましょ」
 パチュリーは小悪魔を呼び出し、咲夜をベッドまで運ばせた。そして、何事も無かったかのように本を広げ、読み始めたのだった。

…………

 ティアが紅魔館に来てから一年が経とうとしていたある冬の日のこと。
 いつもと変わらずティアは、妖精メイドたちに指示を出しながら見慣れた、紅く染まった館内を歩いていた。
「やっぱり人手が増えると楽よねぇ。ん? 人手じゃなくて、この場合は妖精手っていうのかしら」
 クスクスと一人で笑いながら、長い長い廊下を進む。
 右手には使い慣れたモップ。左手にはたっぷり水が入ったバケツ。今日はいつもとは違った場所の清掃を行なうことになっていた。
「お嬢様ったら困ったものだわ。この館にそんな場所があるだなんて……」
 この日の早朝、ティアは眠る前のレミリアから、とある頼みごとをされていた。
「あんなに時間があったのに、一言も言ってくださらないんだもの」
 ちょっとした愚痴をこぼしているティアが現在向っている場所。それは、今の今まで気づかなかった『地下室』であった。

 事の発端は、時間を早朝へと撒き戻さなければならない――

「では、おやすみなさいませ、お嬢様」
「あ、待って、ティア」
「はい?」
 眠りに就いたと思っていたレミリアに呼び止められ、ティアはドアを開けようとした手を止めて後ろを振り返った。その先には、切羽詰ったような表情をするレミリアがいた。
「ちょっと、お願いが……あるのだけれど……」
 何やら言いよどむレミリアに、ティアは首を傾げながら尋ねた。
「はい。何でしょうか?」
 レミリアは意を決したかのようにティアを真っ直ぐ見て、ゆっくりと口を開いた。
「あのね、ティア。頼みごとというのは、この館の地下を掃除しておいて欲しいのよ」
 ティアは、レミリアが言う頼みごとが"ただの"掃除だと知ってホッとした。これだけレミリアが言いよどむことなので、きっと大変なことに違いない。そう思っていたのだから、ティアの安堵感は大きかった。
「何だ、地下室ですか。でしたら、週に一回は掃除を行なっていますよ?」
「それはわかっているわ。あなたが言っている地下室って図書館のことじゃないの?」
「えぇ、そうです。そこではないのですか?」
 全く話が見えてこないティアには、もはやレミリアの真意などわかるはずがなかった。レミリアもそれを察したのか、あっさりとその目的を言った。
「この館には、あなたに教えていない秘密の地下室が存在するの」
 これまた真偽が定かではない情報に、ティアは怪訝な顔をしていた。
「えっ!? そのような部屋が存在するのですか? にわかに信じられませんが、お嬢様がそうおっしゃるのでしたらあるのでしょうね――」

 紅魔館には図書館へと続く階段と秘密の地下へと続く階段がある。

 今朝のレミリアの言動からすれば階段は二つあるはずなのだが、実際には、ティアはその秘密の地下室へ通ずる階段を見たことがなかった。秘密なのだから見たことがなくて当然なのだが、ここへ来てもう一年を迎えようとしているにも関わらず、見つけられなかったことが悔しいというよりも今まで隠されていたこと自身が不思議だった。
「――でしたら、妖精メイドたちを向かわせま――」
「待って、ティア。これはあなたにしか頼めないことなの。お願いよ」
 レミリアがこれほどまでに頼むのだから、よっぽどその地下には大きな秘密があるに違いない。ティアにはそう思わざるを得なかった。そして、これだけの頼み方をされてはティアも拒否できるはずがなかった。
「……わかりました。お引き受けします。何やら複雑な事情がおありのようですしね」
「ありがとう、ティア。それと、引き受けてくれたから言うんだけど、そこにある地下室では決して歌の力を出さないこと。これだけは守って」
「本当に曰く付きの場所なんですね」
 レミリアの表情があまりに悲しそうだったので、ティアはにこりと笑顔を作った。
「ご心配いりませんよ、お嬢様。よほどの侵入者が入ってきて暴れ回らない限り、力を使ったら相手が可哀想です」
「ふふふ、ありがとね、ティア……」
 レミリアはティアの気遣いに感謝しつつ、ベッドに潜り、眠りに就いた。
「では、改めて、おやすみなさいませ、お嬢様……」

…………

 今朝の出来事を思い出しながら、ティアはその秘密の地下室への階段があると聞いた物置部屋の前にやってきていた。物置部屋があったのは、これまで目に入っていなかったのが不思議なくらいの場所、エントランスルームの階段裏だった。
「え〜っと、"地下室では力を使わない"か……この部屋の奥に一体何があるというのかしら?」
 ティアは鉄製の扉のノブを回し、ゆっくりと開いた。扉は長年開けられていなかったのか、ギギギと軋む音を立てながらその奥に潜むものたちをティアに晒すように開いていった。
「うっ!」
 扉を開いた途端、中からは埃が舞い出で、カビのような臭いが漂ってきた。やはり相当開けられていなかったという推測は間違いではなかったと感じるティアであった。
「カビ臭いし埃が舞うし……なんてところなの? この部屋は」
 スカーフを口元に当て、埃を吸わないようにしてからランプに火を灯した。そして、ランプを片手に持ち、部屋の中へと入っていった。
「物置と言う割にはそんなに多くの物が置かれていないのね。でも……」
 ぐるりと見回すと、ある一角にだけ、両手で抱えられる程度の大きさの木箱がおよそ二十積み上げられていた。その光景は、まるで裏にある何かを隠しているかのような不自然さがあった。
「よっし、いっちょがんばりますか!」
 ティアは早速その木箱たちを室外へ出していった。ティアの様子を興味津々に見ていた妖精メイドたちの手伝いもあって、二十ほどあった木箱はあっという間に無くすことが出来た。木箱の裏に隠されていたものは、予想通り一枚の扉、今度はこの部屋の入り口よりもさらに頑丈そうな鉄扉だった。
「ふぅ……さて、開けてみましょう」
 しっかりとノブを握った手に力を込め、重く頑丈な鉄扉を手前にゆっくりと引いた。先程の入り口を開けたときよりも一際耳をつんざく扉の軋む音が響き渡った。そして、開いた扉の向こうには、ここは地獄への入り口だと思わせるような暗い地下へと下りる階段があった。
「うわぁ……ここを下りろってことなの?」
 ティアは足下に広がる闇を見下ろすとブルブルッと身震いがした。周りの妖精メイドたちもブルブルと震えてティアの後ろに隠れていた。
「でも、お嬢様があんなに真剣な顔をして依頼されたのだから、きっと何か大切なことなんだわ」
 ティアはグッと全身に気合を入れると、ランプを右手に、モップとバケツを左手に持って階段を下りていった。後ろからは妖精たちの騒ぐ声がしていた。
「大丈夫よ。もしわたしが夜になっても戻ってこなかったら、お嬢様に連絡してちょうだい。それと、あなたたちは持ち場に戻って仕事を続けること。いいわね?」
 これを聞いた妖精メイドたちはコクコクと頷き、階段から離れていった。そして、ティアは妖精たちがいなくなっていったことを感じながら階段を一歩一歩下りていった。
 ランプの明かりを頼りに階段を下りていくこと約五分。ティアはふと後ろを振り返ってみた。
「入り口があんなに小さい。この階段はどこまで続いているのかしら……」
 未だに終着点が見えない闇の奥には一体何が待ち受けるのか。ティアは一縷の望みよりも一抹の不安を抱きながら階段を下りていった。
 入り口の明かりも見えなくなったころ、ようやく長い階段は終わりを告げ、わりと広いと感じられる空間に辿り着いた。ティアはランプで照らしながら周囲を見回すと、大広間程度の広さがあることがわかった。また、壁には燭台と溶けかけのロウソクが幾つかあったので、ランプの明かりをロウソクへと移した。部屋全体が明るくなり、空間の全容が明らかとなったとき、ある物に目が留まった。
「これは……おもちゃ? 人形?」
 あちこちが欠けた積み木、腕がもげて中の綿が飛び出した人形、首のない木馬。どれをとっても壊れた、ガラクタと呼べるものばかりだった。
「なるほど、お嬢様はこれらを片付けて欲しかったのね。でも……なんで?」
 このような真っ暗闇の中に壊れたおもちゃたち。その古びたものたちがティアに一つの考えを浮かび上がらせた。
「もしかして、誰か、いる?」
 ぐるりと辺りを見回すが、誰もいなかった。あるのは壊れたおもちゃたち。それ以外に変わったところは何もなかった。
「ま、気のせいよね。さっさと片付けてしまいましょう」
 ティアはモップとバケツを置くと、おもちゃたちを集め始めた。
「ちょっと多いわね。これは二、三度往復しないといけないかも…… これだったらあの子たちを連れてきたらよかったわ」
 力を使ってしまえばこれらを無に帰することは容易に出来たが、早朝のレミリアの言葉がその選択肢を破棄させた。
「ちょこっと歌えば軽く済ませられるのだけれど、レミリアお嬢様のご命令だもの。守らなきゃね」
 ティアは壊れたおもちゃを一つ一つ拾い上げては入り口付近に集めていった。そのとき。

 ピキッ

「ん? 今、何か音がしなかったかしら?」
 周りを見渡すがティア以外に人影はない。あるのは壊れたおもちゃたちだけ。
「きっと積んでいたおもちゃが崩れたのね、きっと」
 ティアはそう納得させ、再び作業を始めたのだった。

 一方そのころ。紅魔館一階ロビーでは。

 ドドドド……!
 バシュン、バシューン!
「ッ!」
「キャッ!」
「……!!」
 妖精メイドたちが侵入者である大型妖怪の相手をしていた。
 レミリアの妖気に包まれた紅魔館に平気で入れるくらいであるので、侵入者はかなりの力を持った妖怪である。ゆえに、妖精たちだけでは戦うことはできても仕留められるまでには至れていなかった。
 妖精メイドの中でも力のある大妖精が指揮を執り、次々と妖精たちが、妖怪が放つ弾幕を掻い潜り攻撃を仕掛けていた。しかし、妖精程度の力では大型妖怪の体力を削れるだけのダメージを与えることができなかった。そして、妖精たちは妖怪の弾幕に撃ち落され、戦闘不能になっていった。
「……!」
「……ッ!!」
 大妖精は残っていた一匹の妖精に、ティアに連絡するよう指示した。指示を受けた妖精は頷くと急いで階段裏の部屋へと飛び込んでいった。それを見ていた妖怪は、妖精一匹程度どうでもいいと言うかのように地下へと向った妖精を無視し、大妖精と残り少ない妖精たちに向って弾幕を放った。
 今日の妖怪はかなりの強者であった。また、普段ならティアの歌声でトドメを刺すところなのだが、そのティアは、今は地下深くにいる。
 妖精たちにとってはまさに絶体絶命だった。
 残るは大妖精と妖怪だけがロビーに立っていた。妖精たちは大妖精を除いて全滅状態だった。残された大妖精ももう戦えるほどの力は残っておらず、ティアが駆け上がってくることを今か今かと期待しながらジリジリと後ずさりをすることしかできなかった。だが、その甲斐もなく、大妖精は妖怪の放つ弾幕の餌食となってしまった。撃ち落され、霞んでいく視界の先では、妖怪があの階段のある部屋へと入っていったのだった。

「……! ……!!」
「何ですって!? よりによってこんな時に入ってくるなんて…… 何て空気の読めない妖怪なのかしら!」
 大妖精が撃ち落されてからしばらく後、ティアは妖精メイドから侵入者の知らせを聞いた。だが、今まさにその妖怪が間近に迫っていることは知らない。
「で、その妖怪は?」
「……!!」
「そう……あの子が。よく頑張ったわね。今すぐ戻って退治してあげるからね」
 そう言って立ち上がろうとしたとき、妖精メイドが慌ててティアのエプロンをグイッと引っ張った。それにつられてティアは立ち上がることができなかったその時。
 バシューン!
 ドゴーン!!
 大玉の弾幕がティアの頭上を通り過ぎていき、壁に当たって爆発したのだった。あのとき立ちあがっていたら今頃自分はどうなっていたかを考えるとゾクッとするティアだった。
「ありがとう。助かったわ。それにしても、もう来てしまったのね……」
 部屋の入り口には一体の妖怪が立っていた。下卑た笑い、舌なめずりをしながら妖怪はズシ、ズシと一歩一歩ティアたちに近づいてきた。対するティアは、妖怪の動きにあわせて後ろに下がりながら相手の出方を窺っていた。
(まずいわ。ここで力を使うわけにはいかないし。何とかこの子を逃がしてお嬢様にお知らせしなければ!)
 ティアは妖怪、妖精の双方を見て決断した。
(いい? わたしがおとりになるから、あなたはその隙に逃げて)
(!!)
(大丈夫。わたしのことは心配しないで。それよりもあなたはお嬢様にこのことをお知らせして! いいわね?)
(!!!)
(これはメイド長としての命令よ)
(……)
(うん、いい子ね…… さ、行きなさい!!)
 ティアは妖怪に向って走りだした。そして、落ちていたモップを拾い上げ、妖怪に叩きつけた。
「でりゃあ!!」
 思いっきり振りかぶってから振り下ろしたモップは妖怪の脳天に叩きつけられる、はずだった。当たるはずのモップは妖怪が出した腕に遮られてしまっていた。そして、妖怪はニマリと笑うと、もう一方の手を入り口向けて突き出した。
「くっ! 早く行きなさい!! チッ――」
 その声と同時に、大きく膨らんだ妖気が階段手前にいる妖精に向って飛び出した。
「……!!」
 妖精はあまりの恐怖に立ちすくんでしまい、動くことが出来なくなっていた。目を瞑り、体を縮めこめた。迫り来る死の恐怖が妖精メイドを覆いつくそうとしたとき。
 バシュッ!
「ぐっ……ま、間に合った……」
 妖精メイドは恐る恐る目を開けると、そこにはにこりと笑うティアの顔があった。
「だ、大丈夫?」
「!!」
「そう、それは、何より、だわ……」
 ティアは背中に受けた弾幕による傷と痛みを堪え、立ち上がると、
「もう遊びはここまで……」
 ゆっくりと目を閉じた。
「わたしの大事なメイドたちを傷つけたおまえを許さない!」
 そして、開かれた双眸には真紅の瞳。力を解放したティアの怒りに満ちた瞳だった。
「消えろ」
 ティアはそっと口を開くと緩やかに歌い上げた。妖怪はティアの歌声を聞き、戦意、妖気、肉体、魂、全てをやすらぎの元に消え去っていった。
 側にいた妖精メイドはティアの歌声を聞きながら自分の体も消えるのではないかと手や足を見ていたが、何も起こらず不思議がっていた。その様子を見ていたティアは歌い終わってにこりと微笑んだ。
「ふふふ、心配要らないわ。この歌声に乗せる力の奔流には指向性があるの。だからあなたは消えないわ」
「……」
 妖精メイドがホッと一息ついたそのときだった。
「お姉さま!? ねぇ、お姉さまでしょ!? そうでしょ!?」
「えっ!?」
 ティアは慌てて周りを見回した。だが、聞こえてきた声の主はどこにも見当たらなかった。だが、尚も声は部屋に響き渡る。
「お姉さま! ここから出してよ! もうどれだけここにいるのか、わからなくなっちゃったわ。フフフッ!」
「誰っ!? どこにいるの?」
 ティアは気配を探りながら辺りをじっと見回した。だが、気配すら感じることは出来ず、ただ"誰か"の声が聞こえるだけだった。
「ねぇ、わたし、寂しかったんだよ? とっても、とっても……」
「ねぇ、一体誰なの?」
「お姉さま、忘れちゃったの? わたしよ? フラン、フランドール・スカーレットよ? あなたと血を分けた妹じゃない! ひょっとして、忘れて、しまったの……?」
「妹……様?」
 ティアは驚きを隠せなかった。今の今までレミリアに血を分けた妹がいるなど聞いたことがなかったからだ。吸血鬼に家族構成があるのは疑問ではあったが、元々人間で妹とともに眷属となったと考えたらと思うが、
「いいえ、お嬢様は生粋の吸血鬼のはず」
 ティアは首をブンブンと振り、今はこの現状について対処せねばならないことを思い出した。
(さて、これは困ったことになったわ。力を使うなと仰っていた理由はこれだったわけね)
 先程、感情をむき出しにして力を使ってしまった自分が今になって恥ずかしくて仕方が無かった。
「ねぇ、お姉さま? お姉さまよね? あの妖気、お姉さまがわたしを閉じ込めたときに味わった、あの妖気。忘れられないもの。ククク……」
(閉じ込められている、のだとしたら……)
 ティアは壁伝いにゆっくりと歩く。この壁のどこかに最も声が大きく聞こえる場所があるはず。そう考えたティアは、全神経を壁に注ぎながら歩いていた。入り口では妖精メイドがティアの様子を心配そうに見詰めていた。
 『フランドール・スカーレット』が『閉じ込められている』場所。ティアはちょうど壁の真ん中で立ち止まり、ここが最も声が聞こえる場所と判断した。
 そこにある壁に手を当ててみると、何とも容易く壁は崩れ、また鉄扉が姿を現した。
「な、何これ……」
 今回の扉には紋章のようなものが青白く輝き、まるで扉には結界が張られているかのようであった。
「!! お姉さま! 出してくださるのね!? 嬉しい……フラン、嬉しいよ! やっとお姉さまに会える!」
 どうしてこれほどまでに姉、レミリアを愛する妹、フランドールが閉じ込められているのか? その疑問は、考える間を与えられず、すぐに解決されたのだった。
「――でもね、お姉さま? そっちから開けなくても大丈夫だよ? だってわたし、前とは比べ物にならないくらいに強くなったんだから!」
 そのとき、扉に今まで感じたことのないほどの強大な力がぶつかり、鉄扉がギシギシと軋む音を立て始めた。
「! まずいわ! あなた、一刻も早くお嬢様にお知らせするのよ! 早く!」
 コクコクと頷いた妖精メイドは一目散に階段を上昇していった。その様子を見ていたとき、扉が、ドバーーンと勢いよく吹き飛んだ。それに伴い、扉にかけられていた強大な魔力は行き場を失い、部屋全体へと爆風となって拡散した。
「キャアッ……ぐぁっ!」
 爆風に耐え切れず、ティアは吹き飛ばされて壁に叩きつけられた。元々傷を負っていた背中に更なる衝撃を受け、ティアは気を失いかけていた。意識が朦朧とし、気を失う直前、ティアの目には七色に光る虹色の翼と、見たことがある真紅の瞳が飛び込んできた。
「あれ? お姉さまじゃない? おかしいなぁ…… しかもよく見たらコレ、人間じゃないの」
 フランはティアの髪の毛をグッと掴んで持ち上げた。
「ふふふ、ごちそう、ごちそう……って、ん? この傷は……」
 ティアの首筋にある二つ並んだ小さな傷跡。フランはこれを見つけて、はぁ、とため息をついた。
「すでに喰われちゃってたのか。なぁんだ、つまんないの!」
 フランは気を失ったティアを、まるで壊れたおもちゃのようにポイと放り捨てた。
「さてと、お姉さま、待っていてね。今すぐ殺し(あい)に行くからね……」

 第六章 紅い姉妹 終わり




東方紅月歌 目次 へ帰ります
つづきを読みます 最終章

このページのトップへジャンプしま〜す
inserted by FC2 system