季節外れの転校生

「こんにちは」
 私は、冬の寒い空の下、中庭のベンチに座っている女の子に声を掛けた。
「……こんにちは」
 その子はゆっくりと私の方を向き、返事をしてくれた。だけど、その表情はまるでこの冬空を表すかのようにどこか冷たい感じがした。
「今、一人?」
「……そう、だけど?」
「じゃあ――」
 それなら、と私はその子の隣に座った。ベンチは思った以上に冷たく、思わず「きゃっ」と声を上げてしまった。
「ふふふ」
「あ、あは、あはははっ」
 私は女の子に笑われて、自分の恥ずかしさを隠すように、頬を指で掻きながら笑った。
「ん〜、やっぱり冬のベンチは冷たいね。ところで、あなた、転校生でしょ?」
 やっと本題を言えた事を自分の中でちょっとばかり満足していると、
「よくわかったわね。私が転校生だって」
 これまた予想通りの答えでさらに満足気になる私。このまま勢いに乗って会話を続けることにした。
「だって、こんなに寒いのに外で、しかも、一人でベンチに座っているんだもん。転校生か、それとも恋に悩む乙女か、どちらかでしょ?」
「ん〜、その二択は正直どうかな。もしかしたら私、恋に悩む乙女だったかもしれないわよ?」
「それはないわね。だって、悩むにはまだ少し早いもの。それに……」
「それに?」
 その子は興味ありげに私の方にちょっと寄ってから、私の顔を覗きこんだ。私はニッと笑ってから答えた。
「昨日、センセーがウチの学年に転校生が来たって言ってたもん。それで、ちょっと探していたのよね。そしたら、ビンゴ! ってわけ」
「なぁんだ。そうだったの」
「だってさ、今の時期に転校生って珍しいじゃない? もうすぐ休みに入るのにさ」
「そ、そうね」
 私には一瞬、その子の表情に影が差したように見えた。
「あ、言わなくていいよ。聞くつもりも無いしね」
「うん……」
 その子は私の言葉に安堵したのか、胸に手を当ててホッと息を吐いた。
 胸を撫で下ろすのも無理はない。転校するということは、それぞれ家庭の事情が絡んでいることはわかっているつもりだったから。
「でさ、名前、教えてよ。私は春奈。桜木春奈よ」
「私は藤代弥生。よろしくね」
 名前を聞くのって大変だなぁ、と思いつつ、私は弥生のことを色々と聞くことにした。これから友人となるために。そして、弥生を忘れないために。
 私たちは、その日から休み時間になると廊下に出ておしゃべりをするようになった。二人でおしゃべりをしているうちに、私のクラスの友達も加わるようになり、いつしか大所帯でおしゃべりすることが普通になっていた。
 弥生は、最初は私たちの話についていけないといった様子だったけれど、そこはやっぱり女の子。いつの間にか自分の居場所を見つけ、輪の中で笑い、しゃべっていた。
 そんな日がしばらく続いたある日の放課後、私たちは最初に出会ったベンチに座っていた。
「――でさ、その男子ったらそんなこと言うのよ? 酷いでしょ」
「春奈、それ、もしかしたら春奈に気があるんじゃない?」
「えーっ? マジ勘弁、それー!」
 今日の出来事を話しながら、私たちは笑い合っていた。
 そんな時間がまだまだ続くと思っていた。
 まだ、ずっと……
 だけど、私の思いを断ち切るように、弥生は急に真面目な顔になって私に話しかけてきた。
「あのね、春奈」
「どうしたの? 急に真剣な表情になって」
「ねぇ春奈、聞いて」
 私は弥生のあまりに真剣な表情に黙ってしまった。
「春奈、転校するんだって? 今日、由香たちがセンセーから聞いたって言ってたよ? ねぇ、どうして隠してたの?」
「べ、別に隠してなんか……」
「ううん、だって、由香言ってたよ? 出発するの、明日だって」
「……」
 私は弥生を直視することができなかった。その先に待っている言葉を聞きたくなくて。
「折角友達になれたのに。イヤだよ……どうして私には言ってくれなかったの?」
「ごめんね、弥生……」
 私は本当のことを言うかどうか、心の中で激しい葛藤に陥っていた。
 でも、やっぱり。
「実はね、私、ちょっとしたシミュレーションをしてみたの」
「シミュレーション?」
「うん。転校することはずっと前から決まっていたから。でさ、向こうでもやっていけるかどうか、をね」
「それって、私を――」
「あのね、弥生……私、不安だったの。この季節に転校してちゃんと友達ができるかなって。それが不安で不安で……」
「……」
 弥生はしばらく黙っていた。私は弥生の次の言葉を想像してしまい、何も言えなかった。
 やがて。
「……で、結果は?」
「えっ!?」
 予想外な一言に、私は驚きの声を上げてしまった。
「う、うん。サイコーの出会いだった。不安なんて吹き飛んでた」
「……よかった」
 弥生は私の言葉に安堵の表情を浮かべた。
「弥生はずっと友達だよ? 向こうに行っても、それは変わらない」
 私は立ち上がり、弥生の手を取った。弥生も私に引っ張られるままに立ち上がった。
「じゃ、行こっ!」
 私と弥生はお互いの手をぎゅっと握り、校門へと歩き始めた。


      終わり









 秘密のあとがき
 どうも。別に秘密って言うほどではありませんがね。
 これは、とある雑誌の読者参加企画に応募した作品です。東方とはまったく関係の無い、オリジナルでございます。
 わたしは自分の作品に対する評価を受けたことが無いので、一度評価が受けられるところに応募してみようと思って送ったのですが、見事に落選。ですが、その「落選」こそが最大の評価なのだと受け止めたいと思います。

 このお話は書いていてとても楽しかったです。東方というキャラクターが決まっていて、しかもそのバックグラウンドもそこそこわかっているところで書くのではなく、自分で完全に一から決めるということは初めてでしたので。
 でも、2000字というのは正直難しかったです。とくに終わりがなかなか決まらず、「終わり」というより「つづく」みたいになってしまって。それもダメだったのかな? とも思いつつ。

 裏話をすこし。
 女の子二人の名前はかなり悩みました。女の子らしい名前って、何? とひたすら考えていました。結果として、苗字は花の名前を入れること、名前は季節の言葉を入れることにしました。途中の由香ちゃんは思いついた名前であって、とくに考えもしませんでしたが。
 どんな雰囲気の子か、これも難しかったところ。
 春奈は明るく活発な女の子。でも、その裏では不安とかを隠し持っているような感じ。弥生は春奈ほど元気一杯ではないけれど、春奈の友達ともすぐに仲良しになれるくらいに明るい子。ん〜、そんなの伝わらないですよね……

 というわけで、ここまで読んでくださりありがとうございました。

 虹階






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